新しいいましめ

「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。  ヨハネ福音書13.31-35

 毎年5月第2日曜日は「母の日」でもあります。今では国民的な行事となっていますが、その出発は教会から始まりました。アメリカのメソジスト教会で、1908年にアナ・ジャーヴィスという女性が母親の追悼会に白いカーネーションをささげ、それを会衆に配りました。このことは多くの人々の共感を得、ついには大統領まで動かしました。日本でも戦後あたりから特に浸透しはじめ、今では一般社会でもこの日をそれぞれの形で迎えられています。

 イエスは弟子たちに大切ないましめ(掟)を語られました。「あなたがたに新しい掟を与える。愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたはわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」。「互いに愛し合う」、これは「隣人を自分のように愛しなさい」と同様、イエスのいましめの中できわめて重要なものです。わたしたち人間の自然の性質としては、どうしても自分中心に考え動くものです。赤ちゃんや幼児のようにあからさまには自分の要求を求めませんが、そうした自分中心の傾向は人間の本性に変わりありません。イエスは自分ではなく、隣人に、他者に向かうことの大切さを教えられたのでした。  

 アメリカ公民権運動の指導者にマーチン・ルーサー・キング牧師がいました。ノーベル平和賞を受賞した人物です。彼の著作に「汝の敵を愛せよ」があり、そこで愛について次のようなことを述べています。「汝の敵を愛せよ」とのイエスの言葉に対し、「あなたの敵を好きになれ」と言われなかったのは、われわれの幸いとするところである。どうしても好きになれないという人はいるものである。好きになるというというのは、センチメンタルな情愛の深い言葉である。われわれの平等を目指した平和運動を妨害し、爆弾さえ投げてくる人々をどのように好きになることができるか。これは不可能である。しかしイエスは愛することが、好きになる、好むということよりも偉大であることを教えられた。

 「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。そのイエスの愛とは赦す愛であり、祈ることなのです。わたしたちを新たに造り変える創造的な愛なのです。生来のわたしたちにはこのような愛はありません。ただキリストによって愛され、罪赦されることによって、初めて生まれる愛だからです。互いに愛し合いなさいというわたしたちに与えられた新しい戒めは、このキリストによる贖罪の愛を基としている限りにおいて実現されていくのです。ヨハネの手紙の中にこのような言葉があります。「いまでかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛しあうならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされるのです」(ヨハネ一4.12)。わたしたちは主イエスが与えてくださったこの新しいいましめを、まさに初夏の新鮮な風のように新しいものとして、この世界で、そしてわたしたちの生活を通して証ししていくとき、神があらわされていくのです。(高橋牧師記)