パン種に注意せよ
「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です」。 ガラテヤ書5.2-12

エルサレムから始まり、遠くシリアのアンティオキアを経て、福音はさらに遠くへと広がっていきました。ここガラテヤの教会も、そこから生まれました。信仰者が新たに生まれる。と同時に教会はその信仰を維持しつづけなくてはなりません。ところがガラテヤの教会にはパウロが語る福音とは別に、旧約の律法を重視するユダヤ人指導者がいて影響を与えていました。分かりやすく言えば、ガラテヤの人々に一度ユダヤ人になってから、キリスト者になるというような主張をしたのです。それに対してパウロは、ただキリストを信じるだけで十分であると反対をとなえました。
「わずかなパン種が練り粉全体を膨らませる」。パン種とはイースト菌のことで、わずかであっても全体に大きな影響を与えます。それを律法主義にあてはめて批判したのです。わずかなことのように見えるかもしれないが、そうしたことをゆるしていたら、やがてその影響は悪い方に向かって大きくなってしまう、キリストの教会形成は崩れてしまうというのです。
初めの教えにとどまる。それでも基本的な教えにとどまりつづけることは難しいものです。人間は不安を抱えて生きています。恐れがあり、孤独があります。そんなとき、その隙を突かれるように別の教えが耳に入り、魅力的に見えることがあります。
先日、元首相の安倍さんが銃弾に倒れ、その取り調べの過程で、容疑者の母親の信仰が大きく取り上げられるようになってきました。宗教が話題となるのは久々です。世界平和統一家庭連合、昔の統一教会(協会)です。そこには聖書の言葉が多く出てきます。アダムとエバ、罪、メシア等々。そして壺とか印鑑を非常に高価で売る。いわゆる霊感商法です。その後、オウム真理教(アレフ)が全面に出てきたためか、あまり話題になりませんでしたが、ここに来て再び人々の注目するところとなりました。これに関しては、教団内でも統一原理問題委員会を設けてきましたし、わたしも被害者救出のために、以前少しばかり働いたことがあります。現在、ここ大阪教区では「カルト対策委員会」を設けて、こうした反社会的なカルト集団の問題に取り組んでいます。
わずかのパン種がねり粉全体を膨らませる これがガラテヤ教会の陥った過ちでした。そしてそれは今のわたしたちにも言いうることです。けれどもわたしたちには昨日も、今日も、また永遠に変わることのないイエス・キリストがいつも共にいてくださいます。心が弱ったとき、迷いが生じたとき、疲れたときなど、気持ちがキリストから、信仰から離れようとするときがあるかもしれない。それでもわたしたちに代わって十字架ですべての重荷を背負ってくださったこの方から目を離すことなく、ひたする信じつづけることによってこそ、まことの平安を得ることができます。
「キリストに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそが大切です」。キリスト・イエスにつながっていることによってのみ、迷いの道へ外れることなく、主イエスから与えられる愛によって働く信仰をとおしてわたしたちは生かされていくのです。(高橋牧師記)

