励ましの言葉
「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」。 使徒言行録13.13-25

47年頃から始まったパウロの第1回の伝道旅行地は、今のトルコ半島にあたります。そこで何があったのか分かりませんが、旅行を共にしていた助手のマルコが、一行と分かれてエルサレムへ帰ってしまいました。この後のことですが、第2回伝道旅行をやはり同じパウロとバルナバのコンビで行おうとしたとき、マルコを連れていくかどうかで二人が激しく対立します(15.39)。バルナバはマルコを一緒に連れていきたかった(いとこ同士)のに対し、パウロは途中で帰ってしまうような者は連れていくべきではないと主張し、結局二人は別々の方向に分かれて伝道することになってしまう、そうした原因となった出来事です。
マルコがなぜ帰ってしまったのか、聖書はその理由を記していません。彼の未熟さやわがままが考えられます。この伝道旅行は肉体的精神的にかなり厳しかったからです。あるいは信仰的な理由があったのかもしれません。
パウロとバルナバは内陸に入っていきました。ピシディア州のアンティオキアが最初の宣教地です。わたしは参考書として新約学者佐藤研さんの「旅のパウロ」を読みました。著者は使徒言行録に記されているパウロの足跡を辿るために、8回にわたって今のトルコ、ギリシアを訪ねておられます。大まかな行程としては、キプロス島から始まり、ここに出てくるピシディアのアンティオキア、そして14章のイコニオンとリストラが伝道地でした。何日かかったか、その日数は聖書に記されていません。佐藤さんが実際辿ってみると、その往復の距離は1200㎞(稚内から鹿児島までの直線距離に匹敵)で、しかも1000m以上の高低差があるそうです。もちろん旅行はすべて徒歩です(騾馬に乗った形跡なし)。すると1日30㎞歩くとして、もちろん途中に旅館があるわけでもなく、ほとんどが野宿でした。
この町にはユダヤ人会堂がありましたので、二人は安息日に訪れました。礼拝で必ず読まれる律法と預言者の書(つまり旧約聖書)がそこでは朗読されていました。それが終わると会堂長たちがパウロのところへ人を送り、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせました。そこでパウロは立ち上がり、話し始めます。
それは旧約聖書におけるイスラエルの歴史を語るものでした。すなわち旧約時代の約束が、今イエスにおいて実現したというものです。イエスによる罪の赦しと新しい命は信じる者には皆、分け隔てなく与えられる。それゆえ神の恵みの下に生き続けるようにと勧めました。その励ましに人々は力づけられました。しかし反発もありました。福音の語られるところ、そこには賛同者が与えられると同時に、反対者も生まれるということです。それは今日でも見られることであり、わたしたち一人ひとりの心の中においても両面があります。それでもあらゆる障害を乗り越えて、わたしたちを前進させるのは聖霊による働きです。この聖霊の導きがわたしたちのさまざまな思いや困難を越えて、励ましと喜びを与えてくれるのです。それゆえわたしたちは日々、キリストの恵みの下に生き続けていきたいと願います。(高橋牧師記)

